sennyuu
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戦友
1)此處(ここ)は御國(おくに)を何百里(なんびゃくり) /離れて遠き滿洲(まんしゅう)の /赤い夕陽(ゆうひ)に照らされて /友(とも)は野末(のずえ)の石(いし)の下(した)
2)思へば悲し昨日(きのう)まで/ 眞つ先(まっさき)驅(か)けて突進(とっしん)し /敵(てき)を散々(さんざん)懲らし(こらし)たる /勇士(ゆうし)は此處(ここ)に眠れるか
3)嗚呼(ああ)戰(たたかい)の最中(さいちゅう)に /鄰(となり)に居(お)りし我(わ)が友(とも)の/ 俄に(にわかに)はたと倒れしを/ 我は思はず驅(か)け寄って
4)軍律(ぐんりつ)嚴し(きびし)き中なれど/ 是(これ)が見捨て(みすてて)ゝ置かれうか /「確りせよ」と抱き起し /假繃帶も彈丸(たま)の中
5)折(おり)から起る吶喊(とっかん)に /友は漸う(ようよう)顏(かお)上げて /「御國(おく)の爲(ため)だ構はずに/ 後れて(おくれて)吳(く)れな」と目に淚
6) 後(あと)に心(こころ)は殘れ(のこれ)ども/ 殘し(のこし)ちやならぬ此(こ)の體(からだ) /「それぢや行くよ」と別れ(わかれ)たが /永(なが)の別れとなつたのか
7) 戰(たたかい)濟(す)んで日が暮れて /探しに戾る心(こころ)では /どうか生きて居て吳れよ/ 物等(ものなど)言へと願ふ(ねごう)たに
8)空(むな)しく冷えて魂(たましい)は /故鄕(おくに)へ歸つた(かえった)ポケットに/ 時計(とけい)許り(ばかり)がコチコチと/ 動いて居(い)るも情無や(なさけなや)
9)思へば去年(きょねん)船出(ふなで)して /御國(おくに)が見えず爲つた(なった)時(とき) /玄界灘(げんかいなだ)で手を握り /名(な)を名乘つた(なのった)が始め(はじめ)にて
10)それより後(のち)は一本(いっぽん)の/ 煙草(たばこ)も二人(ふたり)で分けて喫み(のみ) /着いた手紙も見せ合ふて(おうて) /身の上話(みのうえばなし)繰り返し
11)肩を抱いては口癖(くちぐせ)に /どうせ命(いのち)はないものよ /死んだら骨(ほね)を賴むぞと /言い交はし(かわし)たる二人仲(ふたりなか)
12)思ひもよらず我(われ)一人 /不思議に命(いのち)永(なが)らへて /赤い夕陽の滿洲(まんしゅう)に /友(とも)の塚穴(つかあな)掘らう(ほろう)とは
13)隈無く(くまなく)晴れた月(つき)今宵(こよい)/ 心(こころ)染み染み(しみじみ)筆(ふで)執って(とって) /友の最期(さいご)を細々(こまごま)と /親御(おやご)へ送る此(こ)の手紙(てがみ)
14)筆の運びは拙い(つたない)が/ 行燈(あんど)の陰で親達の /讀まるゝ(よまるる)心(こころ)思ひ遣り(おもいやり) /思はず落とす一雫(ひとしずく)
- 山上医院
山上勝久